ピカソの庭

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2010年 08月 24日

そうなのよ

八月はなんだか出頭の多い月でした。

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 出頭というのは警察や役所へ出むく時だけに使う言葉だと思っていました。山内のお寺の和尚さん方が早朝行われる定例のお寺の行事に出向くことが「出頭する」と呼ばれることはここに嫁いで来てから知りました。私が出頭する訳ではないので、私にとって出頭の日は今のところ、いつもより早く起きてお寺で留守番するという意味です。今朝は「大覚忌」で出頭して行かれましたので、私は留守番をしていました。

 1年で嫁ぎ先のお寺のことには少し詳しくなりましたが、台所の何がどこにあるかに一番詳しくなっただけです。お寺の奥さんは寺庭婦人と呼ばれますが、今のところは寺の庭よりもただ寺の一部をうろうろする者で、奥に居るものです。お坊さん社会はいい意味でも悪い意味でもつくづく男社会だなぁと思います。お坊さんという人は見慣れましたが、お坊さんという存在が近過ぎて遠ざかっている気もします。

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 八月はあの世が一番近づく月な気がします。

 お盆は六道珍皇寺さんでの六道まいりでこの辺りは賑わいました。
 六道まいりとはお盆にご先祖を迎える行事です。六道珍皇寺さんへお詣りして、水塔婆に戒名を書いてもらって、高野槙の葉で清めて、迎え鐘をつくのです。六道珍皇寺さんの鐘は冥土にもその音が届くと伝えられており、あの世にいるご先祖さんへの「おかえりなさい」の合図です。

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 冥界の入り口、六道の辻、つまりあの世とこの世の境界と言われるところがほんとに近所にあります。すぐ近くの町内、轆轤町はその昔は髑髏がいっぱいの髑髏町だったとか、その昔に臨月も近いまま亡くなった女性が墓の下に埋められてから赤ちゃんを産んで、育てるために夜な夜な買い求めに行った飴と言われる「幽霊子育飴」を売ってる飴屋さんがあったり、この辺りはもともと京都でも屈指の魔界エリアです。六道の辻というのは地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天界の、どの世界に転生するか、死んでから最初に出会う曲がり角です。

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 魔界エリアとはいえ、毎日のように私が買い物に行く庶民なスーパーもあったり、みんな普通に暮らしています。その裏には京都の有名割烹が立ち並び、しょっちゅう人力車が駆け抜けます。本物の舞妓も芸妓も歩けば、偽物の変身舞妓もウロウロし、お坊さんも多いという、そういえば魔界っぽい気もしてくるこの不思議なご近所が私にとってはめっきりこの世です。

 幼い頃、人はみんないつか死ぬんだってことを想像しただけで、眠れなくなることが何度もあった気がします。何をきっかけなのかそんな夜は気がつけばなくなりました。一緒に暮らしていた祖母が亡くなってから、それまではよく分からず「まんまんちゃん」「ほとけさん」と呼んでいた仏壇に祖母の面影が加わって、あの世が急に仏壇と繋がった気がします。その後、祖父が亡くなり、父が亡くなり、仏壇は家族のような存在へとどんどん変わっていきました。手をあわせてはあれこれ報告する存在になっていました。

 嫁ぎ先にも仏壇が普通にあると思ってましたが、お寺の仏壇は、お寺の本尊と一体化していて立派過ぎるというか、仏壇感が1年経ってもいまいち盛り上がりません。ここで展覧会をして、ここで結婚式を挙げましたが、このままいくと末はここでお葬式を挙げるのかと思いつつ、ちっとも実感が沸いてきません。

 寺に嫁いだら、それは家族でなく寺族になり、家庭ではなく寺庭なのだと教わりましたが、お寺の仏壇は家の繋がりよりもここのお寺の繋がりで、私は今お寺の繋がりの中に居る寺族に所属しているんだなということを嫁いでから1年したこの夏のお盆で実感しました。お寺のこと知らぬが仏では暮らしていけないなと背筋が伸びたお盆でした。対して、絶えず身近だった実家の仏壇を遠く感じました。だから、実家の仏壇にも改まって大事に手を合わせたお盆でした。

「悪いことしたり、ウソをつくと閻魔さんに舌を抜かれるぞ」といって、よく怒られたものですが、この頃の子もそうやって怒られてるのでしょうか。私がなんだか分からないけれどえらいこわい存在やと幼心に植え付けられた閻魔さんは大人になっても心に生きている気がします。鬼ごっこ、高鬼、色鬼、凍り鬼と遊びの中で年中身近だった鬼もいつ頃からか節分に意識するぐらいの存在ではあるけれど、閻魔さんにしても鬼にしても恐ろしい反面、頼りにしてしまう神様みたいな、宗教的な神様ではなくて、心の中で個人的に大事にしてる畏怖の念を抱く存在です。

 私はこの世にいて、見えないけれど大事にしているものがたくさんあります。見えてたのに見えなくなったものもあるし、見えないから怖い物がたくさんあります。毎日はあの世よりもこの世と今日で精一杯で、パリに行っていたなんてまるで夢のように夏は過ぎて行きました。お盆もあっという間に過ぎて、五山の送り火を見てご先祖を見送ったら、地蔵盆があって、あっという間に夏が走っていきます。

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 お寺に暮らせば、「お化けや幽霊の一つも見ただろう」とか、「夜こわくないか?」と聞かれることもあるけれど、まだお化けは見たこともないし、夜も普通によく寝ています。蚊が多いことの方が毎日困っています。「お寺にいたら、いろんな刺激でいい絵が描けるだろう」ともよく言われますが、今のところは刺激ばかりであまり描けてません。

 あの世は昨日で明日みたいなもんです。この世は今日にしかないのです。
 さて、そうなんです、もうちょっとしっかりしなくちゃ。
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by kunie_foil | 2010-08-24 21:38


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