ピカソの庭

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2011年 01月 30日

日めくり日めぐり

「その日その日が一年中の最善の日である(エマソン)」で、2011年の新しい日めくりがはじまりました。その後、10日くらいまでは日めくりはうっかり1日のままでした。
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 家族以外の組織に属す事なく社会に属してきました。イラストレーターという肩書きに縛られる事なく、イラストを入り口に出会えるいろんな事に取り組ませてもらってきました。ありがたい仕事についたもんだなといつも感じます。男と女、性別が違っても、年齢が違っても、人種が違っても、立場が違っても、まぁともかくみんな同じ人間だと、これまで出会った人たちと接してきました。それで何の問題もなく暮らせるのはアーティストだからだとか、フリーで仕事をしているからだと言われた事があるけれど、そんなことはないと主張してきました。

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 アーティストとは実際に何なのかという話は置いておいて、なんとなく芸術的な日々を送っている印象の人はなんとなくアーティストと呼ばれがちです。そういう意味で「アーティスト」呼ばれる事がよくあり、そんな時はこれまでいつも「いや、私は普通の人ですよ。」と言ってきた気がします。私は自分の事を自分で「アーティスト」と呼ぶ自信はこれまで沸いてきたことがなくて、いつだって「人」だという自信だけありました。

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 私は結婚するまで、社会人になる前も、社会人になってからも、その差は絵でお金をいただけるようになったという違い以外にはほとんど変わりのなく家族と暮らしていました。幼い頃から新聞広告が好きで隅々チェックする習慣がありました。買わなくてもここはこれが安いあれが安いと○をつけたり、裏が白いのを集めては絵を描いたりしていました。お絵描き人生においては白い紙よりも裏紙に描いた絵の方がもしかしたらまだ上回っているように思います。父が病気だったりする分、お金のいる事や旅行などは出来なかったけれど、日常から自分で作り出せる事に関しては自由で、なんでも作ることが楽しみでした。そして、家族みんなでなるべく笑える事が一番大事でした。そんな日々、与えられた自由を存分に謳歌して暮らしてきた結果、出会ったイラストレーターの仕事はその暮らし方を変えぬままに出来て、ますます暮らしが楽しめる仕事でした。

 そんな私は料理もけっこう好きで、全ての基本が暮らしにあるので昔から意味もなく「主婦」に向いていると思っていて、相手がいないだけでほぼ「主婦」ではないかとも思っていました。

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 しかし、いざ結婚して、「主婦」になり、「嫁」「奥さん」「寺庭婦人」なんかにも同時就任しましたが、私が向いていると思っていた「主婦」はただの私であって、ほんとうの「主婦」ではなかったことに気付きました。「主人」がいて「主婦」がいるのです。「主婦」はまず、「女」でなければならないのです。まず、「女」として役割を果たさねばならないところがあるのです。「嫁」「奥さん」「寺庭婦人」も、まずは「女」であるということだけが明確な肩書きなのです。

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 色気ムンムンではないものの、一応女性としてこれまで立派に人生を歩んできたつもりでした。結婚するとなった時、祝われる反面、「結婚はどうしても女の方の人生を変える」「結婚と仕事の両立は難しい」「嫁はどこまでいっても嫁」「勢いだから結婚なんてできる」「お寺なんて大変や」とか、そういえばいろんなことを周りの女性から言われたし、今も言われます。私だって母が長男の嫁としてしていた苦労を側で見ていたので、長男の嫁だけは絶対やめておこうと思っていたし、「結婚」なんて「お化け」の話をするくらい私にとって現実的ではない話でした。それでも、なぜか結婚したのはお寺の長男でした。

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 確かに勢いだけで準備もなく、お寺という男社会にやってきて、これまで全く違う暮らしを重ねてきた新しい家族に飛び込んで、今までに感じた事のない違和感は「嫁」だったり「奥さん」だったり、「女」というものに就職したような感覚です。その感覚を意識している時には私という人は脇に少し置いてけぼりになっています。時折、「男」と「女」を訳もなく意識してはそれに慣れなくて、少し目を回しています。そんな感覚はそれこそ普通の女性だったら、普通に社会に出ていたら、すでに常識的な感覚で、周りが口々に言っていたのはこのことなのかもしれません。世界は思ってたよりも「男」と「女」で回っていました。ああ、それが結婚ですよね。

 確かに私の「女」としての人生は結婚を機に変わったかもしれません。でも、誰かに変えられた訳ではありません。まず彼は彼で、私は私で、2人が一緒に選んだのが「結婚」だっただけで、長男とかお寺とかは彼の付属品、彼の世界であり、後付けのものでした。もっともっと面白く暮らしていける予感に従って進んできた結果選んだ結婚でした。

 今は時に壁とも感じる「女」ですが、どうやら生まれつき「女」だったというだけ、ただそれを私が意識することがなかっただけということです。結婚して急に世界が2倍に拡大しただけのことです。だから、慣れなくて時々目は回すけれど、それもまた楽しいと思えているし、ありがたいことに私は私です。そもそも私は何者になろうと思った事もなく、これからも何者になりたい訳ではない事にも気付きます。男に張り合うでもなく、女を主張するでもなく、私らしいが「女」らしいになる暮らし方みつけていけると思います。「女」として出会える面白いこと全部に出会ってみたいです。
 
 さて、今年も日々出会える全てを、私が私らしく生きられたら最高です。
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by kunie_foil | 2011-01-30 23:28


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