ピカソの庭

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2011年 10月 01日

明日の予定

明日はわからへん、と、ほんとにいつも思っています。昔から私は先の予定を詰めるのが苦手です。というか、あんまり予定が埋まると窮屈な気持ちになるのです。予定は未定で、明日は良い意味でわからへん、明日はいつも明るいと思っているのが、私の平常です。

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 震災からこっち、言葉にしても行動にしても、当たり前のことが少しずつ持つ意味を変えたように思います。それは世の中の意志なのか、決意なのか「がんばろう」という言葉は耳にも目にも特に入ってきました。天邪鬼なせいなのか、余りに氾濫する「がんばろう」にとても不安を感じるばかりでした。通知表の一番悪い成績は1と呼んでいたけど、そういえば「がんばろう」で2は「もう少しがんばろう」だったな、なんて思い出すのです。

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 イラストレーターになってすぐの頃、たくさん仕事をいただいてから「もっとがんばれ」と、言われ続けていました。その通りにがんばればがんばると、また「もっとがんばれ」で、私っていったいどっち向いてがんばっているのかが分からなくなってきて、ある日、がんばって「がんばれない」と、言いました。すっきりしました。そこからひとつずつまたやり直して、「がんばれ」という言葉と仲直りした気がします。
 
 そして、このところ増えていたのは嫁という人として過ごす時間でした。結婚してからしばらくやたらと「もっとがんばらなあかん」と思ってた気がします。実際、初めてのことが多過ぎて混乱していただけだったのか、「嫁」だとか「がんばろう」とかそれを強く意識することがなくなるほどに、何者なのか、がんばれているのかは分からないけど、日々が板についていくように暮らせている気がします。

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 震災後のゴールデンウィーク、去年に引き続き、お寺ではFOILと一緒に「明日はわからへん。」展を催していました。今年は私も作品も出しましたが、だからといって、昨年に引き続き、みなさんを迎える側の人でもあるから、受付をしたり、ごはんを作ったり、あれこれ雑用担当でもありました。そんな風に過ごしていた展覧会半ばの夜、主人が産まれて間もない子猫をひらってきました。展覧会後半は子猫と猫ミルクを籠に入れ、いよいよ謎の人間として多忙にうろうろしていたのを思い出します。「キャー、かわいい。」と大人気だった子猫でしたが、「キャー。」となる余裕は私にはないままにひたすら昼夜面倒見て、人気の猫をマネージャーしている気分でした。
 
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 貰い手を探したりもしたものの、展覧会後にはなんだか分からないうちにすっかり家族になって、「ニコ」という名前でスクスクと育っています。明日死んでいたかもしれない野良猫の子だった「ニコ」はなぜか当たり前のように誰よりも長い時間をはや5ヶ月、私と過ごしています。私の事を親と思っているのか、仲間と思っているのか、そこはさっぱり分からないけど、今も椅子に一緒に座っています。

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 そして、私は現在妊娠5ヶ月です。ニコを飼ってしばらくで、妊娠が分かりました。病気じゃないからといつも通りに暮らしていたら、切迫流産でしばらく入院したりしまして、その後、あまりがんばらないことがわたしのがんばれることになっています。入院していた頃は大人になって以来、一番長い間天井を見て、一番よく寝ました。退院後は久しぶりに実家にしばらく帰ったり、お寺へ戻ってきた今もともかく周りに助けてもらっています。ぼちぼちにあれこれやってみては、こんなことで?と思う事が身体に無理だったようで、数回病院に駆けこんだりしました。なんて弱いのだろう私の身体・・・とびっくりです。それでもお腹の子はのんきに順調に育っています。自分の身体なのに自分で一番分かりません。頭では理解出来る人体の不思議が実際自分の中で起きるというのは結局全部1から体験しなければ理解出来ません。そして、お腹の子は私しか守れません。

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 なんだかんだで見えない不思議の基本は科学で学び育ったつもりです。世の中の不思議は尽きないけれど、次から次へと解明され続け、生命の神秘から宇宙の際限まで人の知恵が伸びていっていることを知っています。その知恵はいつまでたっても網の目で、フォークやお箸と同じように明日のある一部分はきちんと口に運べたって、明日を1滴残さずすくえるスプーンにはならないことも知っています。テレビや新聞が全部正しい訳じゃなくて、ネットに反乱する情報が全てという訳でもなく、氾濫する情報から自分なりの真実を見つけるしかないことも知っています。そんな私の絵はこのような世の中にほんとうに意味があるものなのかというと、ほとんど意味のないものだとも分かっています。

 まるでブームのような「がんばろう」が少しおさまって、お腹の子が安定期になったら、なんとなく書けなかったブログなどを再開しようと決めていました。今まで通りには欲張ってがんばれない中で私が一番出来る事は絵を描く事でした。いざ訪れた安定期はあくまでも一般的な区切りであり、私の身体は想像していたほど安定していませんし、思ったほど絵を描くことも進まなかったけど、ま、なんとかなる、なんとかする方に進むだけだと思っています。

 いつも前は向いているけど、前のめりにはなかなか生きられない、そんな私の「がんばろう」は私のものでしかなく、その方向は私が決めなければいけません。一人の人が一生に出来る事は限られていると同時に、いつも無限大だと思います。

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明日の予定はいつでもいっぱいで空っぽです。
今日より明日はもっと面白いはずなのです。
みんながんばらなくていいし、
みんながんばればいい。
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by kunie_foil | 2011-10-01 17:46